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赤い磁気の月の年(2006.7.26 - 2007.7.25)

■倍音の月8日(G11/22) KIN68 黄色い電気の星「チベット・クエスト」(by L)

写真家の松本榮一さんのお宅でカレーランチをご馳走になる。ロウチーズまで松本さんのお手製!この上なく美味しかった。原稿書きのお忙しい最中、何と昨日から私たちのために準備して下さったそう。ありがとうございます。そうでなくてもカレーには目がない私たちだが、しかし松本さんがさらりと話される内容があまりにもすご過ぎて、カレーを口に運ぶのを忘れて聴き入ってしまう程だった。

思えば初めてダラムサラを訪ねた後、私が最初に手にしたのは「チベット・クエスト」という松本さんの著書だった。そこに登場する、ある亡命チベット人の在りように大きな衝撃を受けた事は今でもはっきり覚えているが、今日松本さんの話を伺っているうちに、私たちが会った事のある人物が実はそのモデルであると知り、更に大きなショックを受ける。それにしても、時間の力、縁の力ってすごい。そして松本さんが優しい。Dも私も、無性にチベット・クエストを読み返したい気持ちになる。

帰りがけに「ホテル・ガンジスビュー」というご本を頂いて、地下鉄の中で読み始めたらもう止まらない。家に着くまでに四分の1は読んでしまっただろうか。かくして今、私の頭の中にはガンジスが流れている。きっと今夜あの河は、私の夢の中にも流れ込むことだろう。

■倍音の月12日(G11/26) KIN72 「煩悩を浄める水」(by L)

大好きな牡蠣で勢いづいたせいか、宮島で食べ過ぎて珍しくお腹の調子を崩した。(焼き牡蠣、牡蠣入お好焼き、牡蠣フライ・・・思えば連日無謀である。しかもこれって「煩悩が苦しみの原因である」シンプル極まりない例よね。文字通り身を以て反省。)よほど胃腸に負担をかけていたのか、帰京しても調子がいまいち戻らない。こんな時はどうするか・・・?慌てず騒がず、BA波動測定をしてもらうに限る。

私の場合、大抵の体調の崩れ(カゼっぽいとか、疲れたとかでも)は、この方法で速やかに整える事ができる。整えられると言うより、これで得られる感覚はバージョンアップに近い。今回の測定の結果、案の定、消化器系のバランスが崩れていることが判明。さっそく「水」にそれらのバランスを整える信号を転写してもらい、その転写水を飲み始めたところ、ケロリと調子が戻った。単に水を飲むだけなのにまるで魔法だ。しかし、考えてみれば、水の働きって計り知れないのではないかしら。私たちの身体は7割程が水だし、その水が絶えず体中を巡っている(ネットワークしている)。だとしたら、その水を通して身体全体(脳から足のつま先まで)に情報をくまなく伝えるこの方法は、実はとてもストレートで自然な事かも。

転写水を飲んで調子が戻ったのはもちろんだが、今回は更にビッグ・プレゼントがあった。自分にとっての「本来の」満腹ラインが、ピタっとわかる様になったのだ。しかもそれは、そこから先は一口も進みたいとは思えないほどハッキリとしたもので、お腹から「はいここまで!」の声が聞こえてくるような感じ。今までは「もうお腹いっぱい=もう食べられない」の感覚が生じるまでがお食事の時間であったが、これは大間違い。食欲のラインと体が出すサインとは、(私の場合)想像を絶するほど大きな隔たりがあったのだ。それが見えないとはつまり、美味しい物を前にした時、煩悩に負け切っているって事よね。そしてその状態にいる時には、その事にすら気付いていない。

★BA波動測定・・・http://www.kulika.com/index.php?page=ba_hado
我が夫の仕事を褒め讃えようという訳ではありませんが、ピンと来られた方には本当にお薦めのセッションです!

■倍音の月24日(G12/8) KIN84 「カレー屋で号泣(by L)

夕方から、有楽町マリオンで行われている【丸山敏雄「書と心」展】に行った。倫理研究所の創設者であり、書家としても大名人であった丸山敏雄氏の没後55年を記念する展覧会である。

会場の規模は大きくはなく、平日の夕方だったせいか他に来場者も無く、とても静かで、まるで作者の居間にでも招かれているかの様な、親しみを感じさせる心地の良い空間だった。それにしても、書展を観に行って、かつてこれほど感動した事があっただろうか。
作品の一点一点を通じ、幸せに生きるんだよと励まされているかの様な、生きる事そのものを応援されているか様な、そんな温かく気高いエネルギーにギューーーッ!と包まれて心底感動。帰りに立ち寄ったカレー屋(グルガオン)でも、それを思い出して号泣してしまう程だった。でもしかし、端から見たらDに泣かされてる様にしか見えなかっただろう(違うんだが)。

★丸山敏雄「書と心」展(G12月13日まで)絶〜対におすすめ!万難排してGO!→ http://www.rinri-jpn.or.jp/bunka/bunka-55shodoten.htm

■倍音の月25日(G12/9) KIN85 「ダライラマ報道(by D)

遅れ馳せながら、なんとか法王来日週間のメモはUPできたが(先月のラスト2つ)、あと少し、報道の事について追記しておきたい。今回の来日では、これまでに無い位、マスメディアがダライ・ラマ法王の事を取り上げた。↓
これは、かなり画期的な事と言える。その背景については色々と考えられるが、法王の発する意義あるメッセージ、そして至極まっとうな訴えが、日本でも広く伝えられる機会が生まれた事を素直に喜びたい。特に、フジテレビの「スタメン」という番組でのインタビューは、法王のお人柄やチベット問題に対する姿勢も伝わる、実に素晴らしいものだった。
 
常に法王の来日にシンクロさせるかのように抗日運動などを扇動してきた(であろう)中国政府も、オリンピック開催を控えておおっぴらな事ができなくなったのか、この機に乗じて日本政府も報道規制を緩めたのか、いずれも憶測の域を出るものではないが、マスコミにもこういう番組を作れる人達がいる事を知って、少しホッとした。一方で、今回、各会場で出た法王への質問が「自殺問題」ばかりに集中していたのが少々気になった。これも、間違いなくマスコミの影響だからである。一人一人の人が、自分の視点に立って世の中をよく見回していば、もっと多様な質問が出ても良いはずなのだが、どの世代のどの立場の人も、判を押したように同じ質問を繰り返していた。ある種、マインドコントロールを受けた集団を観ているようで、私は異様な印象を受けた。情報を受取る側の問題も大いにあるが、報道する側の責任も無視はできないだろう。
 
同じニュースを同じようにしか流せないのなら局はひとつでいい。いや、かえってひとつも無い方が、自殺者は減るかもしれない。テレビも新聞もしばらく見ないで過ごしてみれば実感できると思うが、一方的に押し寄せてくる情報を少し遮断するだけで、人の心は落ち着き、おおらかさと自然性を取り戻せるのだ。まあ、「ナイフそれ自体に善悪は無く、扱う人の心によってどちらにも傾く」という法王の言葉を振り返れば、マスコミにも同じ事は当てはまるだろう。しかし、少なくとも報道内容にもう少し多様性が出るようでなければ、マスコミは、マインドコントロール集団を生み出す装置としてか、その役割を果たせなくなるのではないだろうか。法王の事を取り上げたような、心ある(法王を取り上げたからではなく、弱い立場からの声を伝えるという意味で)マスコミ人の活躍を期待したい。

■倍音の月26日(G12/10) KIN86 「橋渡しデイ(by D)

「86」がキーナンバーになっていたダライ・ラマ法王14世の広島訪問。法王が帰国された自己存在の月26日(G11/12)から読み始めた『古代の洞窟』を、ちょうどひと月(28日)後の今日、KIN86に読み終えた。もちろん、狙ってそうした訳ではなく、結果的にそうなっていた事に後で気付いたのだ。「チベット少年僧の不思議な物語」という副題やポタラ宮が描かれた表紙から、想像できない事も無かったが、物語の舞台がダライ・ラマ13世治世時のラサだったのには、驚かされた。しかも、略歴によれば、著者ロブサン・ランパは、この物語の後、中国の重慶を経由して、原爆投下時には広島近郊にもいたとされている。

後年、この著者は、実在のチベット僧ではなく、国外に出たことも無いイギリス人だった(従って略歴も創作)という事で結論づけられているようだが、それにしては、妙にリアルな描写も多い(少なくともチベット人から聞いた話をベースにしているかチャネっているかという感じ)。まあ、私にとっては、その真贋よりも、このタイミングで、そういう略歴を持つとされる人物の物語を読んだという事実が(他に待ちうけている本が文字通り山積している中で)、何よりの驚きであった。というのも、この本はLが数年前に入手したまま眠らせていたものなのだ。こうしたテルマ(埋蔵経)のような本は、これまでにも何冊かあったが、Lが埋めて、時が満ちると私が発掘するというパターンはいつも同じだ。

興味深かったのは、本書を読んでいたこのひと月の間に、ネットで3回も重慶のニュースを目にした事だ(しかも内容は笑いとか健康についてで、特別重要な事件ではなかった)。北京や上海なら分かるが、トップページの目につく所に重慶という街がこんなに連続で出てきた事が、これまであっただろうか。いくら注目していても、ニュースそのものが存在しなければ、ひと月に3回も見ることはできない。それと、今日読み終えた最終章のタイトルが「日本僧の死」だったのも、13暦的には注目に値する。なぜなら、今日は「世界の橋渡しの日」で、そのキーワードは「死」、そして惑星ホロンでは、日本を含むエリアに対応するからだ。ところで、前々から狙っていたノートパソコンを昨日ようやく手に入れた私は、今日一日を使って、データの移し変えなどを行っていた。これもひとつの「橋渡し」と言えるが、ダライ・ラマ法王や広島との繋がりが印象深く刻まれた「86」という数の日にこれを行えた事は、ささやかな喜びとなった。
 
夜、Lが虫の声でテレビをつけたところ、「ラストサムライ」が放映されていたので、作業をしながらなんとなく流したままにしておく。ちょっと前に「渡辺謙が瞑想しているシーンに使われているのが宮島の千畳閣」と誰かから聞いた記憶があったので、そのシーンだけは意識的に観ていたが、どうも様子が違うので、ネットで調べると、姫路のお寺だという事が判明。しかし、そういう話を耳にした直後に「ラストサムライ」が放映されるところに面白さがある。そういえば、友人で書法塾の先輩でもあるたかちゃんからも、最近素晴らしい報告があった。アルゼンチンに行った時に書いた「侍」という字が、彫刻の台座に刻み込まれたとの事。漢字はいくらでもあるのに、頼まれたのが「サムライ」だったり、その報告写真がごく最近届いたりしたのも、実にシンクロニックだ。それにしても、日本から見れば最果ての地にあたる国に、「侍」という字を残すなんて、なんと壮大な文化的事業だろうか。このダイアリーを含む電子情報は、文明崩壊と共に消え去ってしまう(読み出せなくなる)だろうが、石に刻まれた文字は、千年単位でこの地球に残り、後世に何かを伝える役割も果たすかもしれない。そういう意味では、たかちゃんのやった事こそ、時空を超えた「橋渡し」と言えるのではないだろうか。



■倍音の月27日(G12/11) KIN87 「ぱくり
(by L)

よく晴れた美しい日。所用で松陰神社の近くまで行ったので、用事を済ませた後、吉田松陰先生のお墓にお参りする。(松陰先生は30歳で刑死。うーん若い。松陰先生だけでなく、この関係者全て唖然とするほど若い!)お参りの後、神社の裏手にある原生林(幻じゃないかと思うほど素敵!)の公園を散歩していたら、丁度ランチの時間になった。・・・で、やっぱりカレーな訳ですよカレー、どこに出かけたって私たちは!で、「マシバシイネツルカモ」という変テコな名前のカレー屋を思い出して行ってみると月曜の今日はお休み。一本向こうの通りに、Dが目敏くカフェをみつけてくれたので入ってみたところ、Dの直観通りこのカフェ大当たり!今日はカレー(←当然)とオムライスとサラダ、ホームメイドのアップルタルト、コーヒー&紅茶を頂いたのだが、どれも本当〜に美味しい!二子玉川にあったら絶対に通う。二人とも、もう、パクパクと夢中で楽しんだのだった。

  
     

★紅葉も見事な原生林。
★松陰神社前「カフェ・ロッタ」で検索してね。幸せ〜なニッコリ気分のカフェです。

パクパクと言えば、午前中「アムネスティー・フィルム・フェスティバル」の配布用チラシが届く。この映画祭には「 ヒマラヤを越える子供たち Escape over the Himalayas」も出品される予定。早速封を開けてチラシを読んでみると、何かがとてつもなく変!何かがえっらく奇妙!なになにこの感覚は?と思って再びチラシに目をやると、なるほど。この文章、このコピー、私が書いた日記(ナンパ・ラ峠の悲劇)の、まるでパクリまくりじゃーーーん!!!という事に気が付く。人権のアムネスティなのになあ・・・。しかしまあ、アムネスティの活動の役に立てたのならって事で、氣を取り直して良しとする。(ぱくらなくてもアムネスティの為なら喜んで手伝うっちゅうのに。)

アムネスティー・フィルム・フェスティバル→もちろん、私も行きますよ!


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