虹の身体のシンクロニシティ

私たちの古い友人で、チベットに仏教が導入される前から広く説かれていたボン教の教えを日本に伝えている箱寺孝彦さんが、新刊『虹の身体の成就者たち〜ボン教ゾクチェン「体験の伝授」の系譜と教え』を出された。正確には箱寺さんの師であるヨンジン・テンジン・ナムタク・リンポチェのご著書で、箱寺さんが翻訳されたもの。

ヨンジン・リンポチェには2002年にオーストリアのグラーツで行われたカーラチャクラ灌頂のプログラムの中で、ティーチングを受けた事がある。それだけでなく、同じホテルに滞在していた関係である事件まで起こした縁ある方で、そのことは『マヤのリズム』に記されている。ちなみに、同書では箱寺さん(当時は森孝彦さん)との出会いについても触れていて、ボン教と「13の月の暦」の共通点についても簡潔に書いてある。

さて、新刊書『虹の身体の成就者たち』が届いたのは、箱寺さん(KIN171)のカレンダーラウンドの翌日、KIN172のことであった。『13の月の暦』での還暦のタイミングにこんな素晴らしい本を出されるとは流石である。そして、そういう美しいタイミングに出来上がった貴重な本を、すぐに受けとれたのも有り難いことであった。

パラパラっとめくって最初に目に止まったのは、シャンシュン・ガラップとガラップ・ドルジェが同一人物であるという説が書かれている箇所と、そのすぐ後のブータンの聖地「タクツァン(虎の巣)」についての記述であった。ウッディヤーナとシャンシュンという古代国の関係や、ゾクチェンの由来にずっと関心を持って来た私には衝撃的な内容だったのだ。

加えて、私達は写真集で知った崖っぷちにそびえるタクツァン僧院に行きたくてブータンを訪れた経験があったし、日中、横浜ナディアでの出張セッション前後に読んでいたのは、ブータン出身の著名な僧侶で映画監督でもあるゾンサル・ジャムヤン・ケンツェ・リンポチェの最新邦訳書でもあったからだ。そういえば、ごく最近見た『ブータン 山の教室』という映画もゾンサル・ケンツェゆかりの映画であった。

タクツァンは、チベット仏教ニンマ派の祖師でもあるパドマサンバヴァが虎にまたがって降り立った地としても知られるのだが、我が家には玄関正面にそのパドマサンバヴァが虹の身体になった様子を描いたタンカ(仏画)が掛かっている(トップ画像)。このタンカを描いてもらった経緯は『シンクロニック・ジャーニー』に述べてあるが、『虹の身体の成就者たち』はページを開いた瞬間から、それらすべてが繋がるシンクロ体験をもたらしてくれたという訳である。

そして、例のごとく奥付を見ると何と発行日は2021.6.15(KIN183)、今日の日付になっていた。奥付発行日は大抵実際に書店に並ぶより後に設定されているので、本書が手元に届いたタイミングより10日ほど遅いのは驚くに値しないが、6/15といえば、有名な「碑銘の神殿」でパカル王の墓室が発見された記念すべき日。

しかも、神殿の中央階段69段とシンクロするように、今年は発見69周年というタイミングなのだ。更に、KIN183(1・夜)は、古代マヤ暦で計算した時の私の誕生日「1・アクバル」でもある。それに気づいた興奮が冷めやらぬ中、DTPを担当されたのが波動仲間の細谷さんであることを発見。流石に私がずっと追求している「虹の身体」について書かれた本、どこから見ても驚きに満ちている。

だが、こういう時は驚きが更に続くもの。翌、KIN173(G6/5)に横浜ナディアで起きた出来事は【高千穂3883と十勝8338の鏡像関係】に書いた通り、『13の月の暦・説明書』改訂版(ホゼ&ロイディーン・アグエイアス著/高橋徹訳)の発行者、瀧川さんのお嬢さんAさんに出会った事だった。

単にそこで出会うだけでもビックリなのに、Aさんは何と、こんな事も口にされていたのだ。「私、実は姉のつきそいで以前二子玉川のお宅に伺った事があって、玄関にあった綺麗な虹の仏画がとても印象に残っているんです」と(私は会っていないがお姉さんがLのセッションを受けに来た事があるという話は耳にしていた)。確かに「虹の身体」のタンカは、二子玉に越してきた17年前からずっと玄関に掲げられてはいる。

通常は玄関に飾るようなものではない事は知っているが、蓮と虹はクリカの象徴でもあり、来所する全ての方に蓮華生(パドマサンバヴァ)の「虹の身体」のタンカに出会ってもらいたいという思いがあって、そうして来た。しかし、気にしない人は全く反応することはないし、ましてや10年以上前のことをそんなに鮮明に憶えている人などそうそう居ない。

しかも、私にしてみれば『虹の身体の成就者たち』が届いた翌日の話だ。『13の月の暦』では、「極に虹を掛ける瞑想」が20年以上に渡って行われて来たし(おそらく倫理プロジェクトがその発端)、銀河ツール『7:7::7:7』ではパドマサンバヴァについても「虹のプラズマボディ」という形で直接的な言及がある。

加えて、パンジャパンライブラリーにはゾクチェンについて書かれた資料があり、そこにはパドマサンバヴァだけでなくガラップ・ドルジェが登場し、パカル王と同じ時代の人物であることまで書かれている。こうした背景を知る私は、このタイミングでの「虹の身体」のシンクロに一人驚き、ある種、このプロセス全体に畏敬の念を抱いていた。

パカル王墓の発見の日付に『虹の身体の成就者たち』が発行されたことは決して偶然ではなく、それが翻訳された箱寺さんの52(13×4)歳の誕生日にシンクロしている事も『13の月の暦』ユーザーから見れば、共時性秩序の顕れそのものと思えるのだ。何しろ箱寺さんの誕生キンであるKIN171は、私達の結婚記念キンであり、直後に二子玉川にやって来て、ダラムサラで描いてもらった「虹のタンカ」を掲げたからだ。

ダラムサラで仕上がった直後のタンカ

だが、驚きはまだ続いた。Aさんに会ったその日、帰宅してからまた新刊本をパラッと開くと、P208~209の以下の文章が目に止まった。

1961年にテンジン・ナムタクはチベット学の著名な碩学スネルグローブ教授と親交を結び、教授の要請により英国に招聘され、ロンドン大学の東洋アフリカ研究学院に勤務した。それと同時にケンブリッジ大学で英語を学び、そこでチョギャム・トゥルンパやアコン・トゥルクと出会った。

チョギャム・トゥルンパ・リンポチェは、『13の月の暦』提唱者のホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻の仏教の師であり、『マヤン・ファクター』はそのトゥルンパ・リンポチェに捧げられた本である。そして、私達が毎年チベット教育支援で訪れるカトマンズで、この数年定宿にしているゲストハウスは、アコン・トゥルクの支持者が建てたもので、写真やモニュメントを毎回目にしているのだ。

二人とも既に他界しているが、より年上のヨンジン・リンポチェが今もご健在で、その二人と直接会っていたとは、驚きでしかない。その上、続くページにはナムカイ・ノルブ・リンポチェとその弟子たちからなるグループに教えを伝授したことや、イタリアのメリガルにあるゾクチェン・コミュニティに招かれて教えを説いた事なども記されている。

ナムカイ・ノルブ・リンポチェも既にこの世を去っているが、生前、直接お会いしているだけでなく、リンポチェ親子を追ったドキュメンタリー『マイ・リインカーネーション』の上映会も何度か行なっているほど(その背景はこちら)。そして、過去記録を辿ったら、横浜ナディアでばったりお会いした二人のお母さんである瀧川さんと後藤さんご協力のもと、十勝でも上映会が行われた経緯がある。

だからこそ、そういうタイミングで会い、そういうタイミングで知るのであろう。この吉祥なる本『虹の身体の成就者たち』は、そういう働きと力を持っている。「虹の身体」に関心のある方は、迷わず手にすることをお勧めしたい。(D)

水晶の月17日 1・夜(KIN183)

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