ダライ・ラマ法王の引力、ムンラム満月KIN14から30銀河スピン

「13の月の暦」新年、白い磁気の魔法使いの年がダライ・ラマ法王14世とシンクロして始まった。ダライ・ラマ法王14世(G1935年7月6日生)の銀河の署名は、KIN14白い磁気の魔法使い。昨日は118回目の銀河のお誕生であった。

ダライ・ラマ法王14世に、ダラムサラで初めてお会いした日を、私ははっきり記憶している。なぜならその日もKIN14だったから。その日(G1998月3月13日)はKIN14であるだけでなく、その年のチベット暦新年最初の満月で、ナムギャル寺で執り行われるムンラム「祈願大祭法話」の初日であった。

昨日新年最初の朝、起きる直前にそのことをベッドの中で思い出し、起きて日付を確認すべくスマホのアプリを操作した。このアプリには月の満ち欠けも表示される。KIN14良し、満月良し。記憶の日付は正しい。そして(今までそんな数え方をしたことはなかったが)3月13日は「13の月の暦」の元旦7月26日から数えて常に231日目だ、とアプリが教えてくれた。私の銀河の署名はKIN231。おまけに私は14日生まれ、14分生まれだ。13の月の暦のなかでこの様な繋がりを発見すると、やはりとんでもなく嬉しい。

1998年3月13日をスマホアプリKIN3Dで表示する

G1998年3月13日KIN14。その日ダライ・ラマ法王14世は88銀河スピンを迎えていらした。その日から昨日のG2019年7月26日KIN14まで、30銀河スピン=7,800日が経過。(7,800は猿の創世記の数字である。)

1998年当時は、私が最も頻繁に旅をしていた時期だ。インドに行くのならダライ・ラマのいらっしゃる所へ行ってみたいと思っていたが、今のようにネットが発達しておらず、調べられる情報も限られていた。新宿のチベットハウスに行き方を問い合わせると、チベット人職員の方が、とても親切にダラムサラまでの道を教えてくれた。

それによると、「デリーのチベット難民キャンプ、マジュヌカティラからダラムサラ直行の夜行バスが出ているから、女性ならそれが一番簡単。ただし混んでいる時期だから、日本から必ず電話予約して乗りなさい」と、マジュヌカティラにある旅行社の電話番号と担当者の名前を教えてくれた。言われた通り、東京から予約の電話をするも、電話は雑音だらけで途中で何度も切れてしまったりしたが、これ以上できることは何もない。何とかなるさ、とキャンプにたどり着くと、ちゃんと予約は取れていた。

ホッとしたのもつかの間、そのバス旅行は、私の人生で物理的にワースト1だったと思う。インドの凄まじい悪路を縦揺れ状態で夜通し走ること十数時間。この世のものとは思えないオンボロバスに、人も荷物もギューギュー詰めで足も動かせず、窓は締まらず全開。風も埃もビュービュー吹き込み放題で、早春のヒマラヤの風は凍えるように寒く、眠ろうにも眠れない。外は漆黒の闇。どこをどう走っているかもわからない。

こんなバスに乗ってしまったことを心底後悔したが、途中で降りても死ぬだけだろう。チベットハウスの方が勧めてくれた「簡単な行き方」にはとても思えなかったが、「バスに乗りさえすれば終点はダラムサラ」なのだから確かにシンプルな道。どこかに連れて行かれたり迷子になることもない。(あとあと、インドの鉄道事情、バス事情がわかるにつれ、私にとってベストな方法を教えてくれたのだなと職員の方に感謝した。)

バスの同乗者たちは、新年を祝うためにダラムサラに向かうチベット人の老若男女で、赤ちゃんもお年寄りもお坊さんも、様々な人がいたが、外人は殆どいなかった。明らかに不案内な私を見て、チベット人たちが何かと親切に気遣ってくれているのが感じられた。特に何かをしてくれるわけではないけれど、暖かい気持ちを向けてくれているのはわかる。なぜかしらとても励まされた。みんながとても仲が良く「みなさんご親戚ですか?」と聞くとバスで初めて会った人たち同士だと聞いて驚いた。そうやって夜通しオンボロバスの中でチベット人まみれになって、ダラムサラに着く頃には、私はすっかりチベット人たちが大好きになってしまったのである。そして、チベット人をチベット人たらしめている何かを知りたい、と小さな願いを持った。

このことが、現在チベットサポート活動シャンバラ教室を運営している私の出発点だ。あのチベット暦新年満月から30銀河スピン。白い磁気の魔法使いの年が始まった。(L)

21年前にナムギャル寺のブックストアで手に入れた外人用のお経の本。アルファベットでチベット語での発音が表示されているが、不勉強な私は目で追うのがやっと。

磁気の月2日 2・青い鷲(KIN15)

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